太陽のこどもたち~Bridge Over Troubled Water~
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2011年1月1日、岩国に誕生した寺子屋式教育を目指す松陰高校。私にとって生徒の笑顔が最大の活力源!みんなで明日に橋を架けよう!!!!
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山口松陰高等学校



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これにて終了
年も改まり引っ越すことにした。
さらば

新しいのはこっち
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# by hirakawa-kawashin | 2013-01-10 22:31
さて、何を書こうかな?ってこんなタイトル前もあったな。
タイトルがつぶやき状態。

ま、ええがや。


先ほどこのブログの可愛い読者さんから連絡がありました。

いろいろと考えているようです。



私は思うのです。

「成功」の反対は「失敗」ではない。

みなさんは成功の反対は何だと思いますか?



いろいろと答えがあるでしょうね。

私はこう考えています。

「成功」の反対は「無関心」だと思います。

人によっては様々な答えがでるでしょう。



私はが大学生の時にある本に出会いました。

「君のこころが戦争を起こす」

このブログでも過去に紹介しましたが

著者の羽仁五郎が歴史学者として全身全霊を込めて

残したメッセージには強烈なものがありました。



羽仁五郎の理想社会と私の理想社会は異なりますが

共通することは「無関心こそが最大の問題点」だということです。



また前置きが長くなりましたが


可愛い読者さんへ

君は素早しく視野の広い人です。

周りで起きている全てのことは必ず君の糧になります。

自分ならば、どう行動するか。

自分ならば、どう発言するか。

そういうことを常に考えて、少しずつ自分の行動を変化させてみましょう。


「成功」の反対は「無関心」です。

世の中のあらゆることに「関心」を持ち

自分の言葉で理解できるまで考えましょう。

きっと世界がさらに開けるでしょう。

応援しています。




いろいろ書きたいことがありましたが

今日はこれを書いておきたかったのです。

では。
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# by hirakawa-kawashin | 2012-12-30 00:07 | ロバ吉
私たちの「使命」
よだかは、実にみにくい鳥です。

顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで

くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。

足は、まるでよぼよぼで、一間とも歩けません。

ほかの鳥は、もう、よだかの顔を見ただけでも

いやになってしまうという工合でした。




この書き出しで始まる「よだかの星」

鳥仲間の王である鷹は

自分と似た名前を持つヨダカが気に食わず

「市蔵」という名前に改名しろ

そうでないと殺すぞとヨダカに迫る。

鷹の無理無体な要求にヨダカはどうしてよい悩み苦しむ。



悲しみの中で夜空を飛ぶと

エサの羽虫や甲虫がヨダカの咽喉に入ってきた。



その時ヨダカは、鷹に殺されようとしている自分が毎晩

虫を殺して食べていたことに気づき「はっ」とした。



気づいてしまったヨダカは

2つの苦悩を背負い更に苦しむことになった

ヨダカは苦しみから逃れるために

星たちが輝く天空の世界に逃れようとする。

「お星さん。南の青いお星さん。どうか私をあなたの所へつれてって下さい。やけて死んでもかまいません。」

ヨダカはお日さまや星座に

自分をそこに連れて行ってくれと頼むが

誰にも相手にしてもらえない。



ついにヨダカは最後の力をふりしぼって

まるで鷹のように飛翔し

空高くどこまでも昇っていった。

これがヨダカの最後だった。



ヨダカが気がついた時は

自分のからだが青い美しい光になって燃えていた。

そして よだかの星は燃えつづけました。いつまでもいつまでも燃えつづけました。今でもまだ燃えています。



作者の宮沢賢治は「いじめ」「差別」「疎外」といったテーマで教訓的な内容である。

自らの「存在」への罪悪感から体を燃やし

星へと転生するヨダカの姿は

宮沢賢治の仏教思想と併せて

彼が終生抱き続けた「自らの出自に対する罪悪感」を色濃く反映している。

児童文学の域を超えた作品である。


前半から中盤にかけては非常に暗い。

息をするのが辛く

ヨダカの心情を考えると

心が押しつぶされそうになる。



しかしヨダカは一生懸命に

自分の居場所を探そうと駆け巡る

心のエネルギーを燃やし続けた結果

自らの体を焼き焦がし

星となりようやく居場所に巡り会えた。



そこまでヨダカを

そして宮沢賢治を

苦しめたものは一体何だったのだろうか?




この作品を読むと

大人になった今でも

毎回涙が止まらず

咽び泣いてしまう。


これほどの健全さで

生命力漲る強い飛翔の力を持っていて

しかも、醜い姿でも放つことのできる光を

信じるような美しい魂を持つヨダカが

今どうしても死のうとしていることへの理不尽さ。


もはやこの世では、その死を

誰も止められないことへの

「無力感」

「無情さ」

本当に胸がえぐられる。


宮沢賢治はヨダカの飛翔で生命力を繰り返し書き込み

こんなにも

優しく、ひた向きで、尊いひとつの命を生かすのではなく

死なせてしまうことで「差別」と「偏見」の恐ろしさを語っている。





人は誰しも苦悩を抱えて生きている。



私たちはヨダカの

「情熱」や「心の清らかさ」は見習わなければならない。

しかしヨダカになってはいけない。

私は死を美化してはいけない。







なぜなら





私たちには生まれながら「使命」がある。










それは





「命」をつなぐという尊い使命だ。
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# by hirakawa-kawashin | 2012-12-12 22:19 | ロバ吉
『やる気』があれば良いの?
さて、なかなか更新する時間と能力そして体力がなかったので

久々の更新です。




今日は私が松陰高校で

教育相談や進路相談、恋愛相談の中で

お話していることを書きます。

いつも前置きが長いので

今日は結論から言います。



私の結論

問題は常にシンプル。

大切なのは勇気をもって『選択』すること。

そして『選択』したら

恐れること無く『挑戦』すること。





大半の生徒からこんな質問がくる。

「先生〜。やる気がなかなか出なくて勉強できませ〜ん。」

そんな時私の答えは

「そっか〜。お前さんはやる気が無いと勉強が出来ないのか〜。」

「じゃ〜勉強するのやめたら?」

という提案をする。




と言って大半の生徒は勉強を再開する。

ま、最初っからそんな意味の成さない質問をするなって思うけど

ある一定の時間が経ったら

こんな話をします。



「あのね。勉強する時に『やる気』は、ほとんど関係ないの。

そりゃ〜、『やる気』があれば学習スピードや効率がUPするだろうけどよ。

君の場合は『やる気』があるのか、無いのかじゃね〜んだわ。

要は勉強するか、勉強しないか。

その『選択』を自分で決めて

実行すればいいの。



『勉強しない』っていう『選択』をしたから

といって僕は君を叱ったり、馬鹿にしたりはせーへん。

ただね。『選択』をしたら必ずお前さんが、その責任を持てよってこと。



僕に言われたから、勉強するとか、しないとか。

そんなん意味ないじゃん。



僕に『勉強しろ』って言われたから勉強するのって

ただの『操り人形』じゃん。

僕は君のことを1人の人間として話をしている。

僕は生徒を『操り人形』だなんて思いたくない。



それでね

困った時

行き詰まった時

『選択肢』が上手いこと見つからない時なんかに

僕らに相談すりゃーええじゃん。





そして『選択』したら

責任もって

自信もって

『実行』したらいいの。



失敗したら、もう1回『選択』をやり直せばええやん。

その『選択肢』の積み重ねが、将来のお前さんにきっと役に立つ。

僕はそう信じている。」



僕は生徒がどんな選択をしても応援する。

ただし世の中に迷惑をかけたり

お天道様に恥じるような選択をする場合には

徹底的に叱る。

理解できるまで叱る。

一切の妥協は許さず叱る。



それが大人の使命だと信じている。



『やる気』があれば良いのか?というタイトルだが

僕は他人から与えられる『やる気』なんて覚せい剤だと思う。

他人からもらった『やる気』はまやかしだ。

全てとは言わないが、大半はそうだろう。



他人から与えられたり、もらった『やる気』は

瞬間的に能力やパワーを発揮するだろうが

持続しない。



そのうち恐ろしいのは

「もっと『やる気』をちょうだい」って言って

いつも間にか、他人がくれる『やる気』がないと

何もできない人間になってしまう。

その人に依存してしまい

やがて善悪の全てを

その人間に委ねてしまう。


まさに悪の教祖誕生だ。





文豪夏目漱石は著書「現代日本の開化」で

「西洋の開化は内発的であって

日本の現代の開化は外発的である」

と危惧している。

漱石の言うとことの「外発的開化」は

日本が日本としての存在感が無く

西洋によって無理矢理

「文明開化」させられた当時の日本を批判している。



まさに悪の教祖に染まった子どもは

知らず知らずのうちに漱石の言うところの「外発的開化」になっている。

自らの存在感を悪の教祖に委ね

自らの信念さえ「外発的」に押さえつけられる。

そして「外発的」であることを疑う気力すら奪われている。

それは教師が、人間の尊厳を潰しているのに等しい。




だから私は

選択肢をなるべく子ども自身に探させようとしている。

子どもが自ら設けた選択肢を

自信もって選択させればいい。

そして成功すれば大いに喜び

失敗すれば一緒に解決策を考える。

その繰り返しだ。

そうやって自ら歩む原動力を養うことが

今まさに求められている生きる力だと思う。



成長に必要なのは『やる気』ではない。


大切なのは勇気をもって『選択』すること。

そして『選択』したら

恐れること無く『挑戦』すること。
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# by hirakawa-kawashin | 2012-12-09 23:04
第6話 軌跡
前回までの続き


百聞は一見にしかず

百見は一験にしかず


動画の編集がとりあえず完了したので

ここにアップしたいのだが

ある作戦のため

その作戦が終了してから

アップします。

あしからず。


facebookではアップできるのならしておきます。
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# by hirakawa-kawashin | 2012-11-19 22:14 | ロバ吉